03.11
Sun
あの未曾有の大震災から今日で1年。
多くの命が失われたことを忘れてはなりません。
あの日を消すことできません。
あの日以前に戻すことはできません。

少しずつ復興しはじめて動き出したところがあるとはいえ、
まだまだ避難をされている人が多く、
復興は遅々として進んでいない・・そんな感じにも思えます。
地震は天災とはいえど、今回は原発問題で人災とも言えます・・。
「先が見えない不安」
「故郷に戻りたい気持ちはあっても戻れない」そんな声があるなか、
とてもじゃないけれど収束したなどとは到底言えない。


ガレキ処理が進まない問題。
受け入れに前向きなところ、そうでないところ。
それぞれに思いがあるのでしょう。
本当にそこに住んでいる住民が受け入れを反対しているのか?
そこの住民でない人が反対の意を表明しているのか?
テレビで流れるニュースを垣間見るだけでは知りえないことが多々。
ガレキ処理が進まぬ以上、町の復興が進まない。

2011年を表す漢字が「絆」でした。
でも、「絆」という言葉だけが独り歩きしているように思えます。
簡単に片付けられる問題ではないけれど、
震災から1年、何も変わらぬところもあるということ。
日本に住んでいればいつどこで地震が起こってもおかしくないということ。
いつでも逆の立場になりうること。
もう一度被災地のことを真剣に考えたいものです。

町が復興しても人の心の復興はそれぞれ。
町が戻りつつあっても心が戻らない、戻れない。
忘れたくても忘れられない。
心の奥底に押し込めようとしても押し込め切れない。
町が元気になりつつあっても、自分の気持ちが追いつかないこともある。
地震の恐怖を思い出すと、胸が締めつけられ、
月日が経ってもそのトラウマから逃れられない。
他人から「いつまで引きずっているの?って」言われるかもしれない。
気持ちの持ち方、受け止め方もそれぞれ。

被災地以外では、あの震災直後は多少の混乱はあっても、
普段の暮らしができている。
人によってはそれが「これで良いのか?」と思ったり。
あの頃は、とどまることなく進んでいく人を見て
「不謹慎」という言葉が飛び交ったり。
でも、誰しもあの震災で何も感じぬ人はなかろう。
自分の中でひっそりと思いながら、普段の暮らしを営む。
時として、ふと思うことがあって何か行動する。
できる時にできることを・・それで良いんじゃないかと思います。
そしてやはり、いつもと変わらぬ日々を過ごせていることに感謝。


我が家の豆苗クン、2度にわたり茎が折れたけれど、
1つ花が咲いて実がつき、

tomyo new52

根元を見ると、どこから水分補給しているかわからないけれど、
2つめの花はしぼみ、枯れている茎が伸び、また3度目の蕾がつきました。

tomyo new53

もうだめか・・とあきらめかけたけれど、あきらめないで良かった。
植物と一緒にしてはいけないけれど・・・、
上を向いて、前を向いて、振り返りつつも立ち止まらず・・・。


最後になりましたが、
震災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。


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