01.13
Fri
小学校に上がる前まで、私は非常にごはんを食べるのが遅かったと
記憶しています。おまけにそこに嫌いなものであったら尚更。
今でもすごく鮮明に覚えているのが、朝のお味噌汁に人参が入っていて、
グズグズしながら食べていました。家族は皆食べ終わって、
私1人だけ取り残されて食卓、私のご飯が残っています。
お味噌汁もご飯も冷たくなっています。
母から「早く食べてしまいなさい」と言われていました。
食べ終わるまで決して食卓から離れることは許されなかったと思います。
もちろん、体調が悪ければ別ですが、娘がただ好き嫌いで食べられない事は
お見通しだったのでしょう。
おまけにご飯粒1粒でもお茶碗に残していようものなら、
「お米を粗末にしてはいけない」と言われていました。
母も祖母の影響が強かったと思います。同じように言われていたようです。
そのせいか、好き嫌いも微妙になくなり、とはいってもここがミソで、
食べず嫌いがなくなっただけで、オトナになった今でも、
嫌いなモノがありますが。(笑)
なので、小学校に上がってから、給食のメニューで困るといったことや、
給食が食べられず1人残されるということがなかったのは、
母のお陰かもしれません。感謝しなければならなかったかも^^

「食べ物を粗末にしない」が我が家の不文律でした。

そう考えると食べる人数分だけ作れば良いのですが、
兄が連絡もせず家で食べなかったりすることが重なっても、
私が、「お兄ちゃんの分は作らなくても良いやん」と言うと、
母は「家に帰ってきた時にご飯がないということはしたくない」と。
なので、翌日母は、兄が食べるはずだったごはんを食べていました。
親の心子知らずで、兄は好き勝手なことをしていましたが(笑

母にとって、食べ物を粗末にしないこととモノを粗末にしないことが
ワンセットだった気がします。
まだ使えるものは使うという考えがありました。
洋服を捨てる時にファスナーがまだきれくて痛んでいなかったら、
それを取って別なモノに使ったり。セーターの毛糸をほどいて
また編み直すといった事も珍しくなかったのかもしれません。
そういったことを否定するつもりはありません。
そんなところは、モノを大事にするということで見習いたい部分^^;
作りなおすことができるということは、ある意味羨ましいところもあります。

ただ、オークションやフリマが一般的でなかった頃、
お家にある不要なモノは廃品回収に出すので、まだまだ使えるもの
(使えそうなもの)は捨てられない意識が強かったのでしょう。
自分が使う使わないでなく、そのモノが使えるか使えないかを
判断基準にしていたのかもしれません。

そして「捨てる」ということに後ろめたさがあるから、
まだまだ使える、捨てない、それが高じて捨てられなくなり、
モノがたまる一方。捨てないことは「モノを粗末にしてない、大事にしてる」
と思っていた部分があったりして?
捨てられないなら、せっせせっせと消費しちゃえば良いんですが、
モノにもよりますしね(笑)

食べ物を粗末にせず頂く・・・なら、モノも粗末にしない・・・は、
モノを仕舞いこむことでなく使うことだと思って、使えるだけのモノ選び。
それが私にとっては「粗末にしないこと」だと思っています。

でもそれに気づくまで遠回りしました・・ずいぶんモノを粗末にしたかも・・。

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コメント
おかあさまの、食事の方針に感動。
私もそのくらい強い意志があったらな~

ごはん一粒も残さず。
日本人として最高の教育。
お母様、すばらしい!!
そして、ココリンちゃんもきっと
そんなしっかりとしたお母様に育てられて
とってもマナーのなった人なんやろうな。
と思った!
素敵だ~

sukemarumon | 2012.01.13 19:55 | 編集
いやもう小さい時は厳しかった^^;
子供こころに鬼のような母だと思ったよぉ~。

ふっふっふ~、そんな親に育てられよ~とも、
オトナになると崩れていくんだよね~(笑)
どこか引きずりつつも・・・。
私が親になっていたら、とんでもない子育てしたるかも^^;

ココリン | 2012.01.13 22:10 | 編集
ココリン様

まったくその通りです。
いまだに母は、食べ物を捨てられません。土鍋にこびりついた米粒ですら「一粒に88の神様が宿っている」といいながら、必死ではがして口に運びますから。

そして私も、食べ残しは厳禁という方針で育てられました。
因果関係は分かりませんが、ココリンさん同様、食べるのが非常に遅くて。「早飯早○○、芸のうち」なあんて言っている父は、常にいらいらしていたのかもしれません。

ものを粗末にしない、と一体化しているのも、もちろん私の母だって、同じでした。

今私は、家事モノのシリーズをブログにUPしているので、これが一段落したら、食べ物ネタ、取り上げたいなと思います。
今回のエントリも、楽しく読ませていただきました!ありがとうございます。
cocue-cocue | 2012.01.13 23:30 | 編集
しっかり断捨離が身についてくると、
この食べ物は自分に必要かどうか?、
これは今食べるべきものなのかどうか?
そんな考えから、きちんと必要量を接種して
余計なものはとらず、ダイエット効果があるとのことです・・。

でもそんな潔くできないんだよな~~
ついついつまみ食い、そして残り物などを「もったいない」と思って結局食べちゃう。挙句の果てにいらないお肉がつくことになり、その肉の断捨離は誰もしてくれないものな・・・(笑)
やはり親たちは、食べ物のない、物のない時代から苦労してここまできた人達だからきっと思いいれも大きいのだと思います。
私たちはそこで一歩踏み込んで、限りある資源、食物だから、大事に適量を見極めて無駄にとりこまない姿勢、文化を作りだしていきたいものですね。
おきょうさん | 2012.01.13 23:47 | 編集
読ませていただいて
ああ、我が家だけではなかったのね、と思いました。
母もそんな感じでしたし 父もそう。
私は白米以外は本当に食が進まず
大食いの兄を育てた後なので 余計に
「食べられない」様子が目に付いたのかもしれません。
いまだに お茶碗にご飯粒が残っていてはいけない という観念はあります。好きな白米なので問題ないけれど。

食べるのが遅い=満腹になるのが早い
なおさら食べきることができなくなって
仕方なく もういいわよ、と母が言いだし
(この時点で食べ始めから1時間半は経過してます。)
ラッキ~って思っても
残したものが 翌朝の朝食に。
それでも食べないと それがお弁当に入っているという徹底したものでした。

なんとなく 幼い頃を思い出し コメントしました。
お掃除に関係ない話題でごめんなさい。
けろ | 2012.01.14 07:32 | 編集
おはようございます♪
ココリンさんのこういった記事大好きです!!
本を出版したり雑誌に連載してほしいくらい!!

「粗末にしない」子供の頃は私もよく親に注意されたなあと思い出しました。
食に関してそれほど厳しくはなかったけど、食べ物に関わったすべての人、モノに感謝して頂く
ということは教えてもらったように思います。
私も子供達に伝えていかなきゃ。現状でしっかり躾できているのか?と聞かれたら自信はないですが。

ちょっとずれちゃいますが
捨てないですむように、粗末にしないですむように、食べ物も他の物もよーく吟味して
必要なモノだけを家に入れることが大事かなあなんて思います。
私の場合、例えば着なくなったお洋服があっても、お裁縫が出来ないので再利用は無理。
なのでフリマや古着屋さんに買い取ってもらってます。
最近は断捨離がブームになって、捨てることが美徳のようになっている部分もある気がするけれど
なんでもかんでも潔く捨てるのではなく、再利用できる物はすることも大事だと思います。
奈緒 | 2012.01.14 07:51 | 編集
おはようございます。

本当に、cocue-cocueさんのご実家と似ていてびっくりです。
私も親はイライラしていたと思います(-_-;)
世代のせいと決めつけたくはないですが、
育ってきた環境のせいなのか・・。

cocue-cocueさんの言語のシリーズ楽しみにしています(^^)/

ココリン | 2012.01.14 12:01 | 編集
そうなんですか!?
恥ずかしながら私「段捨離」の本を
しっかり読んだことがないんです^^;
φ(..)メモメモ

とくに食べ物は腐ってもないものを捨てるのに罪悪感がでて
食べちゃいますね^^
時代の違いですごくありがたい助言もあるし学べることもたくさん。
でも時代の違いがあるから、逆もあり得るということですね。
親の世代に教えてあげられることもあるってことですよね。
適量を見極め・・・そうしたいものですね(^^)
ココリン | 2012.01.14 12:19 | 編集
母の世代までかと思いますが、
洋服でも家具でも壊れたり、サイズが合わなくなったものは
修して使っていましたよねー。
着物も当たり前に自分で解体→洗う→縫い直す
という作業をしていましたし。
食べ物も古い物は発酵食品にしたりと、
「再生する」という事が出来たのかと思います。
残念ながら、自分たちの世代でその能力は絶えつつあるかも…。
日本人の物作りの歴史は、生活に根付いていたのでしょう。
そういう意味では、母も祖母も尊敬しています^^。
逆に自らは反省…汗。

ふふ。食事に厳しいのはどこの家庭も同じなのですね。
私も昔、好き嫌いは無かったのですが、食が細くて、
食卓を離れるのに時間がかかったのを覚えています。
泣きながら食べてた気もする…笑。
bee | 2012.01.14 12:21 | 編集
けろさんのご実家も似た感じ!?

うわ~けろさんの「食べるのが遅い=満腹になるのが早い、
なおさら食べきることができない」、
わかります^^ そ、そう、時間がかかるからなんです。
けろさんのところと状況は違っても、結局自分が食べるということは
同じですね^^; 親は甘くない・・(;´д`)トホホ…

いえいえ、なんだか似たようなお話しを聞くと、
「ウチだけじゃなかったんだ」ってホッとしますよ~。
私に子供が居たら・・・どんな親になっているんだろうって
ふと思ってもみましたが(笑)
ココリン | 2012.01.14 12:23 | 編集
・・ありがとうございます・・^^;
いえいえいえ・・奈緒さんにそう言ってもらえると、
(/ω\) 恥ずかしいです。

奈緒さんもそうでしたか。やはり親ってそうやって
子供に言っているんですね。
そういうことって覚えているもんですよね^^

奈緒さんと同じ・・私も自分が色々作り変えることができないから、
古着屋さんやフリマに・・ってなります。
段捨離の本を読んでいませんが、「捨てる」=ゴミとして捨てるのではないのでしょう。
でも手始めからモノの数が多いから、モノを手放す、その手放したモノを
ゴミとして捨てるか、自分で再利用して使うにしても多すぎる・・、
なので誰かに委ねるか・・。
おそらく「捨てる」という言葉がひとり歩きしているところも
あるのじゃないかな?って思うこともあります。

ココリン | 2012.01.14 12:33 | 編集
確かに・・。
モノを修理して・・というのが、今では逆に高くつくという結果、
新品に買い替える方がお得になってきている気がします。
企業努力で安くて良いものが増える一方、
企業側も修理するより買い替えを勧めることもあるし。
時代の流れもあるなあと思います。

お家でできる事を自分たちでやってのけた祖母や母を見ると、
私も尊敬する部分があります。だから昔ながらの梅干し作りも
買う方が手っ取り早いけれど、自分ができることはやってみる。
そんな気持ちにもなれたのかもしれません^^;
う~ん、ちょいと難しくなってきましたw

beeさんも、泣きながら食べてましたか^^
ふふふ、誰しも似たような経験がありますね♪

ココリン | 2012.01.14 12:39 | 編集
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