04.02
Sat
以前52個のマグカップを所持していた兄の家の話を書いたことがあります。
(その時の記事はコチラ→) 今日はその兄の話しを。

兄も私も親の影響か、子供の時から洋服が好きでしたが、
とりわけ兄は、半端なく洋服を所持していました。
歳が離れていたので、私がおしゃれに目覚める頃には、
ものすごい数の洋服や靴下や靴があったような気がします。
さながらちいさな村の洋服屋さん並みにあったかもしれません。
兄が結婚してからも母が、「洋服にお金をつぎ込んでいなければ、御殿が建っていたかも」などと
笑い話がでるくらいでした(笑)

しかも洋服のサイズに厳しく、とくにパンツの幅、丈についてもすごくこだわりがあり、
選んだパンツの幅さえも、5ミリ単位でも直して着るといった感じでした。
そんな兄が、たくさんの洋服や靴や時計といった諸々のものの数の多さは、
私から見れば増え続けていったとしか思えなかったのですが、
実際はある一定以上は増えていなかったのです。

ときおり真新しい(と思うくらい新品同様)洋服を、誰かにあげるといったり、
不要品といってまだ着られそうな洋服を母に託したりしているのを見て、
母が「もったいないわ・・・・まだ着られそうなのに」と言うことがしばしば。
旬の洋服を手にいれて、着ないものはいともあっさりと手放すことをしていました。
もちろん気にいったものは気たおしていたものもあったようですが、
タンスの肥やしにせず、着る洋服だけに絞ったのだと思います。
それでも毎日違う洋服を着たとしても、ヘビロテにはならなかったかもしれません。
う~ん、今現在の私からすれば、着る機会が少ないのもなんだかな~。
数は少なくてもお気に入りの洋服をバンバン着る方がいいなと思うのですがね^^

しかしかつての私も、ずいぶんと洋服を持ち続けてきました。
けれど、兄と違って、潔く手放さなかったことが大間違いでした。
新しい洋服を手にして、サイズがどうのこうの、デザインがどうのこうのでなく、
着ない洋服も捨てられない、一度手にしたものは思い切りが悪く手放せませんでした。
愛着がそうわいていないものでさえ、捨てることができませんでした。
なのでそれを戒め、自分の持ち物を見直し、着ない、使わない、不要なモノを捨ててきました。
それでも日々暮らしていると、素敵なモノがたくさんある世の中、欲しいものはでてきます。
でも手にいれる時点で捨てる時のコトを考えると、安易に手をだせなくなりました。
手にいれた限りは大切に使いたい、着たいと思うようになり今に至っています。

それにしても兄のマグカップの数もさることながら、洋服の数ももう少しすっきりしても
よいのでは?と思わなくないですが、個人の趣味の範疇なわけで、
外部がとやかくいうことではありません。
ただ、着ないものは手放す、増やしたら増やした分は手放す、
クローゼットはギュウギュウにせず、収納スペースに入るだけとしていたことは、
お手本になったかもしれません。

捨てる捨てないは、人それぞれに思いがあります。
でも時には大胆に、潔く捨てることはシンプルに暮らすには、
必要かもしれないなと思っています。

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