03.22
Tue
震災後から、ちらほら他のところでブログの更新や、その書き方について、
不謹慎だという声があがったり、控える、控えない、
募金活動の記事は良いが、こんな時にアフェリエイトをする必要があるのか?
といったようなそれぞれ個人の思いがあるようです。

そういう私も、色々と迷いながら書いてきました。
もちろん、不愉快な思いをされた方もいらっしゃるかと思います。
コメント欄につきましても、節電、計画停電のことなど色々考えると、
自分の中で時間を決めて書いているので閉じています。
また私個人の事ですが、今回のような大きな揺れを経験すると、
過去の地震の怖さがフラッシュバックして、
以前のようにゆっくりとコメントを残すというこもできません。
でも、被災地の方から「励まされた」というメッセージを頂くと、
こんな拙いブログでもそう思ってくださった方が
いらっしゃったんだって思うと、目頭が熱くなりました。

きっと他の方も、それぞれの思いやスタンスで
情報発信をされたりしていると思うのです。

被災経験があると言っても、被害を受けた度合いも個々に違うし、
避難所でも色々です。だから、一個人の経験について書いたところで、
それがすべて当てはまるとは思いません。
なので、「あのときこうだったから、こうすればいい」と言うことさえも、
同じ地震で被災したとしても、全然違ったりします。
そして、被災者側の受け止め方も様々です。
精神的に非常にツライ現状と向き合えない人だっています。
そういう時にも気丈に振る舞える人もいます。
自分の家族だけでていいいっぱいの人もいます。
自分の家族を置いて、他の人のために力をつくす人もいます。
被災していない人の言動に、感謝する人、不愉快に思う人それも様々です。

地震直後って、多くの人が被災地の様子をうかがい、
地震の被害の多きさに驚き、心を痛み、今何もできない自分のふがいなさに
情けなく思ったりする人がほとんどだったと思います。
現実に被災していない遠くの地で起こった災害、
ほとんど多くの人は、なにか自分にできることはなんだろう?って考えます。
募金?節電?支援物資?ボランティア?それらが時期尚早であるものさえも、
考えたりする方が多いと思います。

震災から日が経ってくると、被災地の中からも「がんばろう」って
声があがってきます。つらい、悲しい気持ちをこらえて自らが動き出す。
支援物資が届くのを待つだけでなく、避難所の中で、不自由ななかで工夫し、
足らないものを補いながら、みんなで助け合っていらっしゃると思います。

それでも少しずつ、最初に感じた思いが変わってきたりします。
情報がもっと欲しい。お風呂だって入りたい。歯みがきしたい。
着替えもしたい。温かいものがもう少し食べたい。
いつも飲んでいる薬が欲しい。それが普通だと思います。
少し落ち着いてきてこの先の状況を考えたら、とっても不安に陥ります。
頑張ろうという気持ちだけでは、払拭できないものが現実には出てきます。

そんななかで、被災していない人も一緒になっていつまでも
悲しんだり、大変だという思いだけを募らせては、
世の中が回らないと思うのです。
一緒になって立ち止まっていても、何にも始まらない。

もちろん被災地の方に配慮ということは大事です。
過去の震災の時に県外からボランティアがそのまま来て、
避難所で数少ない食料を食べるといったことが起きたり、
先日ニュースでお店の募金箱に手をつけたりする人がいたり・・。
そういったことはあきらかに不謹慎であり、非常識であると思うのです。

神戸の震災後、まだ神戸の人の服装がリュックをしょってマスクをして、
スニーカーを履いて出勤している人がほとんどの中、
お隣の街では震災の被害にあった人はいらっしゃいましょうが、
ほとんど普通の服装でヒールを履いている人を見た人が、
「ああ、あそこは普通なんだ」って思ったって
ポツンとつぶやいたことがありました。

それはたとえ地震があっても、日常の生活だったんです。
それを見た人が、不謹慎だなんて思いません。
一瞬時間が止まってしまったのは、被災地だけでしたから。
でも、それも少しずつがれきの間を、何時間もかけて歩いて会社に
いったりした人も多く、日常を取り戻すべく頑張り、
全国の方からの支援もあって元の街並みが戻ったんだと思います。

震災直後に家を失った人に、お家自慢をするテレビ番組はなかろうが、
そういった意味でも、マスコミの配慮であり番組の報道規制なんかが
あるのかもしれません。(あくまでも私の勝手な憶測です)
でも少しずつ日常を取り戻していくといったことは必要です。
そうしたことのひとつがブログであったとしても、
それが今までと変わらない生活なら、それで良いと思うのです。

芸能人と違い、一般の人が小さな声をあげてもなかなか届かぬような事も、
今は、神戸の地震の時と違って、ツイッターなりブログなりで、
声をあげて多くの人にメッセージを伝える媒体があって、呼びかけもできて、
こんな時だから、こんな画像で心癒されたりする時もあるかと思うのです。
書く内容云々というのは、個人個人で違いますし、個々の判断だと思います。

そしてモノを造る人がいてそれが流通することで、お金を得る人もいて、
モノを手にすることで、暮らせる人がいる。モノだけでなく、
色々なところで働く人がいて、日本じゅうが動いて経済が活発になることで、
復興しはじめることだとも思います。

前にも書きましたが『普段どおりの暮らし』をすることって、色々なんです。
人それぞれだと思います。様々なカタチがあると思います。

不謹慎のボーダーラインって何ですか?

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