01.07
Fri
重苦しい話になりますので、お嫌な方はスルーしてくださいますようお願いしますm(__)m

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今回の帰省は父の入院があったこともあり、お正月気分もあったような、
なかったような感じでもありましたが、あと10日ほどで退院できるということを聞いて、
安心しました。後はリハビリということなのですが、父の帰るところは、母の居る家ではなく、
介護施設です。
私が結婚前まで、家で父の在宅介護をしていました。
病気の症状が酷くなってからは、病院の送り迎えなどもあり、
私はそれまで勤めていた会社を辞めて、時間に自由のきくパートの仕事に変えての介護でした。

病気になってからの父と一緒に暮らしているときは、
思うとおりにいかねば怒り出す父とは、何度も衝突もありました。
病気だからと頭ではわかっていても、私も体調の良いときばかりではないので、
言い合いにもなりました。実の親であるからこそ、
遠慮せず物言いができたのかもしれませんが、今から考えるとそれはそれは、
想像を絶することもありました。精神的にもいっぱいいっぱいでした。

たまに家に様子を見に来る兄に、その有様をつたえてもその頃の兄は、
わかっていなかったと思います。
実際、一緒に生活をしていないとわかりづらいことが多々あるのです。
日々の色々な出来事を目の当たりにしていないと、
わかろうとする気持ちはあっても、わからない部分は絶対にあるのです。
なので、父と私の様子を垣間見た兄が「もう少し優しく言ってやれ」みたいなことを言うのですが、
毎日、毎日のこと。優しく言えない時もあったのです。
自分の親です。でも正直言って地獄のような日もありました。
ニュースで耳にする「介護疲れで殺人」ということも、気持ち的にはよくわかります。
一歩間違えば・・・・そんな状況になってもおかしくない。
いつまで続くかわからない治る見込みのない介護は、途方にくれることもあるのです。
やるせない気持ちにもなってきます。

なので結婚が決まった時も、両親を残していくのは、
とても後ろ髪を引かれる思いがありました。夫ちゃんと結婚をするということは、
親を残して遠く離れるということであり、元々体が弱い母1人で父の介護をするということは、
不可能でしたので、なかなか結婚に踏み切ることに時間もかかりました。
その後介護施設に入所できることとなり、結婚に踏み切れたこともあり、
現在に至っています。

できれば家で介護して、家族と一緒が理想だと思います。
でも病気の種類にもよると思うのですが、誰の力も借りずに家族だけで介護というのは、
正直いって厳しいものがあります。
夫婦のどちらかに介護が必要になって、介護できればそれに越したことはないと思います。
私の実家では、日常、母1人で介護すれば母も倒れることが目にみえていました。
介護する側が、介護される側にならぬようにすることを選択したわけですが、
自分たちでは介護ができないから、他人に委ねているわけでして、
これが薄情だといわれれば仕方のないことですが、家にはそれぞれ事情もあるわけで、
我が家では、父を預けるという選択をとることにしました。


今までの行政のあり方にも疑問を持つ部分もありました。
介護認定ひとつをとっても、判定の仕方で疑問を感じたこともあります。
年々判定が厳しくなってきているのも事実。
家族以外の役所の人が来たときに、介護される本人は妙に元気になるのも事実。
日常生活では考えられぬほど、そういうときに限って不思議なことにしっかりするものなのです。
だからこそ、通り一遍だけを見て判断しないで、心底しっかり見て判断して欲しいと
願う家族の気持ちもくみとって欲しいと役所の人に言いたい部分もあるのです。

それでも、施設の職員の方々、医療に従事されている方々には頭が下がります。
そういうスペシャリストとはいえ、大変な仕事だと思います。

家族だと甘えもでてきます。そういう意味では他人だと割り切れていい部分もあります。
介護される側の気持ちを考えれば、それが良いとも言い切れませんが、
家族が食事をさせようとしたときに嫌がったりして思うようにいかないことも、
すんなり受け入れて食事をする時もあります。
でもまた逆にすごくわがままを言ったりしているのに、それに対して冷静に対処できる
ところは、やっぱりプロだなあと実感します。

悲しいことに、私は父と離れて以前とは違う感情というのか、
父に対してのモノの言い方や、接し方が優しくなれたというのでしょうか。
わがままやキツイ言葉を言われても、辛抱できるのは、たまのひとときだからかもしれません。
いえ、人間ができている人ならば、一緒に暮らしていても黙って聞き流せるのかもしれませんね。
一緒に暮らしていた頃の私にはできなかったことです。

それでも、今回は骨折で寝たきりのせいもあり、兄や母が父の顔を拭こうとして嫌がったのに、
私にはすんなり拭かせた父の顔が、忘れられないのです。本当に嬉しそうでした。
今回帰省している間は、何度も足を運びましたが、また暫くはできそうにもありません。
母の事も気になることがあり、また帰ることも増えそうな1年になりそうですが、
私は、私のできることしかできません。

今までの経験上、頑張りすぎない介護が良いかと思います。
介護する人が疲れてしまわず、人の助けを借りられる時は借りる。
少し言葉は悪いですが、生真面目すぎない介護をしないと、
介護する側が倒れちゃいます。まいってしまいます。
そして今後、介護する人、される人が暮らしやすいようになること、
そういう社会になればよいなと思っています。




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コメント
ココリンちゃん、こんばんは

お父様の介護大変でしたね。
でも大変でしたねの一言では表せないくらいの苦労があったであろうとお察しします。
私はココリンちゃんとは逆で私が小学生の頃から母親がずっと入退院の繰り返しでした。
介護はしませんでしたが、家族で病気を患ったりすると色んな事が起きたり
家庭内がギクシャクしたりとしてしまいます。
ココリンちゃんは会社を退社されて十分なくらい親孝行されたと思いますよ。
だからこそお父様もココリンちゃんの顔を見るのが一番嬉しいでしょうし、
同じ顔を拭いてくれるのでもやっぱり娘の顔を見て・・・が幸せなのだと思います。
お母様の体調も気がかりかと思いますが、ココリンちゃん自身もあまり無理しないでね(*^_^*)
家から出て外から第三者的に、客観的になると今まで気付かなかった事が見えてくるのかもしれませんね。
とりとめもない長文になってしまってごめんなさい。

帰省後の疲れがでませんように・・・。
8787☆
のほほん | 2011.01.07 23:02 | 編集
どんなに優しく接しても汲み取ってくれない事もある。
どんなに優しくされても優しく返してあげられない心の狭いときもある。
病気になると思い通りに出来ないもどかしさを身近な人に当たってしまうんですね。

私もいつかは介護する立場。
他人事ではありません。
年に1回田舎に帰ると
在宅介護の祖母の顔を見に行きますが、
介護をしているおばさんの笑顔に頭が下がります。
その立場になった時、
同じように出来るかといったら今は無理のような気がします。
自分の親ならなおさらですよね。
以前テレビで、介護をしながら講談師をしている田辺鶴瑛さんの話を見ました。
「ふまじめ介護」という本を出されてるそうで、今回ココリンさんの話で読んでみようと思いました。

どんな時でも、娘に世話をして貰うのは嬉しいと思いますよ。
rionn | 2011.01.07 23:27 | 編集
遅れながらも、あけましておめでとうございます。
昨年は、ココリンさんから新鮮な影響を受けて感謝してます!
今年も、ココリンイズムの実践に励みます!

帰省中は、家族の時間をかみしめられたのですね。。
お父さんの嬉しい顔、離れていても心の支えになりますね。

私は会社勤めを辞めた後、ヘルパー資格をとって
福祉関係や介護施設のパートやボランティアをした経験があります。
介護させていただくことは尊いな・・と感じます。

心身ともにキツイ上にゴールが見えない介護。
任せるところはプロに任せて、役割分担がみんなの幸せ。
家族にしかできないところで、ココリンさんは
充分役割を果たせていると感じました☆☆!
よゆみみ | 2011.01.08 01:09 | 編集
こんにちわ^^

そうですね、家族の誰かが病気で患っていると、
何もなければ良し。いつも良いときばかりではないので、
ギクシャクしたりはつきものですね(ーー;)
のほほんさんのお母様もお体が弱かったのですね。
きっと子供の時だと、淋しかったことだとお察しします。

現在、私は介護をする立場ではなくなりましたが、
本当に、一緒にいるときにもう少し、
優しくできなかったものかと心がチクリと痛むことがあります。
でも今更思っても時間が戻るわけではないので、
「これから」を考えていこうと思っています。

のほほんさんおコメントを読んで、救われた気がします。
こちらこそ、長々とごめんなさい。

ココリン | 2011.01.08 13:36 | 編集
こんにちわ~。

一つだけ後悔ということを敢えていうならば、
本当にもう少しやさしく接しられたらなあと言う思いが、
心のどこかにあります。
でも、これは今後も介護する立場になりうる可能性も
まだあるので、心しておこうと思っています。
田辺鶴瑛さんの介護の仕方、あの方も途中で気づかれたそうですね。
本当に一所懸命になりすぎると長続きしないのですよね。
私もちょっとふまじめな介護ということをもう少し、早く
気づいていたらなあと思いました。

新年早々に重たい話でごめんなさいね。
ココリン | 2011.01.08 13:48 | 編集
遅れましたが・・・。
あけましておめでとうございます^^
今年も宜しくお願いします。
こちらこそ、よゆみみさんのブログで色々と
勉強になることがいっぱいで、これからも楽しみにしています♪
よゆみみさんは福祉関係のお仕事の経験もおありなんですね。
ますます幅広いということにビックリです。

介護のお仕事をされている方を見ていると、
自分の親1人でもあっぷあっぷしていた私など、
そばにもおよばないなあとつくづく感じました。
でも、これからいつなんどきまた介護する側、される側に
なりうることを考えれば、やはり「今」を大事にして
今年もいこうと思っています^^

しょっぱなから重苦しい話でごめんなさいね。




ココリン | 2011.01.08 13:58 | 編集
薄情だなんて、全然思いません。
ココリンさんの介護が、その時はぶつかる事があったとしても
ちゃんとお父様の心に響くものがあったから今の関係があるのだと思います(・v・)

介護をする方と子育てをする方
私の2代尊敬する人、です!
ハノン | 2011.01.08 18:47 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
| 2011.01.08 19:57 | 編集
ココリンさん、介護の経験がおありとは!
介護は、当事者じゃないと分からない部分ってたくさんありますよね。
私は以前脳外科病棟に勤めていたことがありまして、そのときは半分介護みたいな感じでした。
ココリンさんは頭が下がりますって書いてくださっていますが、
正直、仕事じゃなきゃこんなことできないなーと思うことがしばしばありました。
だって、8時間(日勤)あるいは16時間(夜勤)過ぎればその時間はいったん終わってしまうんですから・・・
そしてそこそこのお給料がもらえるんですから・・・

介護している方の中には、行動範囲が狭まって
孤独感を感じている方も多くいらっしゃると思います。
こういう「現場の生の声」が、もっと多くの方に届けばいいなーと願わずにはいられません。
おこい | 2011.01.08 23:32 | 編集
こんにちわ~。

ありがとうございます(^^;
もう少しオトナだったら・・って思いますが、
今更後悔しても・・ね。
今後の教訓にしたいと思っています^^

子育て・・・私は経験がないですが、
生み育てるということはスゴイなあと思います。
ココリン | 2011.01.09 14:44 | 編集
それぞれ家庭って人に言わないまでも、
色々な問題を大なり小なり抱えていますよね・・。
コメントを読ませていただいて、心がつまる思いでした・・。
ブログからは想像もつかないような出来事を
ご経験されていらして、でも日々の暮らしがあり、
子供さんに対する「××」を言わないっていう、
すごくすごくわかります。
これを言われると、逆にすごい重圧を感じてしまって、
心がつぶれちゃう、余計だめになってしまうことが
あるような気がします。
鍵コメさんは重々承知のことと思いますが、
無理せず・・行きませう^^
色々とありがとうございました。
ココリン | 2011.01.09 14:52 | 編集
こんばんわです^^

はい、そうなんです。
最初の頃はなにもわからない状態だったのと、
やはり頑張りすぎた部分が強かったと思います。
これが良くなかったんだと思いました。
おこいさんは病院にお勤めだったのですね。
脳外科ですと、よりいっそう大変だったのではないかと
思います。時間内といっても・・・。
1人だけの患者さんを見るわけでないので、
私にはできないお仕事だなあと思います。

介護をしていると、特に我が家で在宅介護の時、
誰かが必ず父についていないとだめでしたので、
行動範囲は限られて、発散する場所がなくなる感じは
しましたねぇ。なので誰かのチカラを借りることは、
本人以上に介護者にも必要だと思います。
行政にこういう気持ちが届ききれていないところも
あるんじゃないかなあと思います。
ココリン | 2011.01.09 20:45 | 編集
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