08.22
Fri
実家のはなし。

実家のリフォームにあたって、
処分したことについて兄が言った言葉。
「今まで仕舞ったまま見ることさえなかったモノ、
この先も開けて見ることはないやろう」

確かに、何十年と仕舞いこんだまま出しもせず、
使うことはおろか中に何がはいっていたかさえ
覚えていないものが大半。

++

「おもいで」という玉手箱も大事。
でも膨大な「おもいで」の数に
埋もれてしまって1番大切なものを
見失ってしまうかも。

++

また、今は使わないけれど、
(いつか)使うかもしれないからといって、
押入れの天袋にしまったままのモノ。
何がはいっていたのかわからないもの、
見ようともしないものが、
はたしてこれから先も要るのかどうか。
十把一絡げにそういうモノが必要ないとは言い切れません。
年齢によって適正数があると思うし、
家族構成、暮らす状況、諸々の事情で、
暮らしやすくすればいいのだと思います。

++

片付けをして母の口からでた言葉は、
「すっきりした」でした。
もちろん、心の奥に潜む淋しさを
隠しているのかもしれません。
が、自分でも箱詰めする作業が面倒だったようです。
片付けしながら母に確認をとっているときでも、
「煩わしい」「しんどい」
挙句の果て「リフォームなんていいのに」
いやいやいや、このままでは同居もできないし、
なによりも段差のありすぎるおうちでは暮らしづらい。



にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ ミニマルライフ(持たない暮らし)へ
読んでくださってありがとうございます。
ひと押しくださると嬉しいです。


++

以前「年齢問わずに読みたい本」で、
ご紹介した本なのですが、
沖幸子さんの50過ぎたら、ものは引き算、心は足し算

IMG_20140822-4813.jpg

この本ともっと早く出会っていたら、
母に読んでもらいたいたかったと思いました。

50代以降、今必要でないものないものは
「いつか使う」は90%ありません。と書かれています。
洋服にしても、「高かったから」捨てられないだけで、
今着られないとわかっていながら、
「いつか」の思いにとらわれている。
「今」がダメなら、「いつか」は90%以上の確率で
めぐってこないとバッサリ。

私が思うに、年齢にかかわらず、
「痩せたら着る」とか「いつか着るから」は、
希望的観測というか、
置いておくことを正当化させるための理由のような、
自分を納得させるためのような気がします。


「ものは所有するだけでなく、利用して初めて価値がでる」
と著者が書かれています。
私の解釈ですが、使ったり、飾ったり、愛でたりしてこそ、
なのではないかと思うのです。


++

持っているだけで満足、安心感を得ている場合も
あるけれど(昔の私はそうでした)
母のように、持っていたことさえも忘れていて、
いざ片付けとなると「もったいない病」がでてきて、
1人では片付けられなくなって引き伸ばしてしまう。
必要に迫られてしなければならないけれど、
どこから手をつけていいか自分でもわからなくなっていた。
そんな感じだったと思います。

「いつか使う」のいつか・・・
年を重ねるごとに、いつかのスパンも短くなります。
いつかのいつより、「今」の暮らしを大事に、
モノとつきあいたいです。




back-to-top