07.08
Thu
昨日は、たくさんの方から応援のポチをいただいて、とっても嬉しく思います。
ありがとうございましたm(__)m
ブログをはじめてから、いっとき少しへこみかけた事もありましたが、
あたたかいコメントをいただいたりして、前向きにとらえるようになりました。
これからも自分本位な文章と誤字脱字、
言い回しなどが間違ったりすることもあると思いますが、
そこは、目をつぶってくださいまし。
こんなブログですが、宜しくお願いします。


ten3141.jpg


先日の記事で、『食器に対する好みが変わった』という経験がありますか?
というコメントをいただいたので、少し、食器に対しての思いを・・・・。

とても気に入った食器など、割ったらどうしよう、
お客様用にしておこうか、普段遣いはできそうにもないわ。
とか多かれ少なかれそういう思いを持たれた方いらっしゃると思うのです。
そして、後生大事に食器棚にしまわれたりして、出番がすくなかったり。

私もそんな気持ちは全くなかったとは言えませんが、
あまり食器に対する好みが明確になく、勿論好きな作家さんの器とかは
ありますが、基本、いただいたものでも使えるモノは使う性分もあり、
思い入れがなかったので、気に入った食器を買うと、
前のはバッサリ処分もできたというのが正直なところです。

なので、結婚前に夫ちゃんがが引き出物でいただいたものを持っていて、
それら使っております。それが画像の左の5枚。

DSCF2610.jpg

本当のところ、色のセット具合からして6枚だったのかもしれませんが、
我が家にあったのは5枚しかなく、どうしたかも聞くこともせず今に至っています。

画像の右の2枚なのですが、大きさを把握しておらず、
無印で違うサイズを買うつもりだったのが、同じサイズのお皿を買ってしまい、
見た目そっくりで、がっくりきたことがありました。(;^_^A
そういう失敗もし、次からは慎重になったことを思えば、
無駄ではなかったかと思っています。



食器ってとっても気に入ったデザインだったり、お高いものだったりすると
なんだか使うのがもったいないと思って大事にしておきたくなりますよね。

私の母がそうでした。
そして目の前に迫った結婚でもないのにも拘わらず、
娘(私ですな)の為にそんな器を(私の好みは関係なく)
嫁入り道具のひとつにでも(器も流行があるので、それもどうかと思いますが)
と思いとって置いていたり、実際持って行くかどうかもわからないのに、
そんな事をしていた母親です。
そして私が母親に贈ったモノでももったいないからと言い、
しまいこんだりしていました。

そうして、自分が使わずお気に入りの器なども、
ものの見事にあの阪神大震災で見事壊れてしまいました。
儚いです。
器のみならず、大事に大事にとっておいていたものもみんな
一瞬にしてなくしてしまいました。


あの震災以来、どこか刹那主義的なものの考え方をするようになったかもしれないです。

その後は、少し考えは変わってきました。
全く過去や将来の事を考えないで、「今がよければ」という
考え方一辺倒にはなっていません。

けれど、何事においても「今」を大事にするということは
持ち続けています。


結婚するときも食器を一式揃えることもなく、
買い足しこそすれど、あるものを使うということが普通に思っていました。

ただ、柄モノや色つきが苦手だったので、
自分で買う食器は、流行廃りがないものを選んでいたので、
好みが変わったということは基本的にないのです。

お客様用とかの区別もしていません。
まあ、この狭い我が家に泊まって食事をする人は
ほとんどいないのもあるのと、置いておく余分なスペースもありません。

でもやはりどこかで、いつ来るかわからないお客様用の食器を持ち、
使わないで置くことの方が私にとって不自然であり、
あの震災の体験で、使わないで壊れるのはあまりにも切なすぎると思うからです。

なので、普段使っているものでおもてなしも悪くはないと思っています。


今は、母にも言っておりますが、「生きているうちに使わないと、着ないと」。

器もそうです。

使うものとして造られたモノは使わないと。

大事においていても自分がこの世からいなくなっちゃったら、
元も子もないですから。

生きているうちに「使う」こと。
使いたおす、履きつぶす思いで、モノを選んで、
自分に不要になったら必要な人に、未練を残さず手放そう。

そう思うと、食器に限らず、安易に選ぶことはできなくなりました。










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読んでくださってありがとうございます。
ひと押しくださると嬉しいです。



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コメント
どうもこんばんは!
バカンスから帰ってきました♪♪(今日。。)
いない間、コメントしてくださってありがとうございます♪
うれしかったです!!
で、早速訪問しに参りました♪♪

震災か。。。すごい体験をされたんですね。
食器ですよね。。。1つだけ使えないものがあるんです。。。
バカラのグラス。。。
どうしようか??
いつも自問自答です。。。
使いたいけど、今のインテリアだと似合わないし、。。。
でも、大好きなんです。(もらいものですが。。)
いつか使える日がくるといいのにな~って感じています♪♪
↓バナナケーキおいしそうです。ココリンさんの旦那様はすばらしい趣味の持ち主です♪♪
ちくちくHolic | 2010.07.08 22:09 | 編集
…実は私も集中豪雨でがけ崩れに遭い
実家が全壊。

形あるのもはいつか壊れる。
気に入った物なら仕舞い込まずに
日常から使いこなそう!と。意識が変化しました。
娘が幼稚園で作ったお茶碗も、手作りのコップも
使ってます!
どうしてもって時は写真にでも撮って残せたら
それで満足です♪

ココリンさんに共感です!
ゆるまま | 2010.07.08 23:54 | 編集
ココリンたん(笑)今日のブログ・・・・感心しました。

そしてあの阪神大震災・・・。
言葉ではいえないくらいの傷痕が心に残っているんですね。
大切にしていたものが一瞬で無くなる経験をされると、
どれが大切なのか?の優先順序が明確になるかもしれませんね。

私は結婚当初同居だったので(しかも旦那君の妹弟もいました・汗)キッチンを自分好みで使えなかった(T_T)
だから今家を建ててからはそちらに力を入れるようになったのかもしれません。
そして私料理のレパートリーが貧素なくせして形から入りたがる傾向が(-_-;)
でも同じお料理でも器によっていただくときの印象がかわっていいなぁ♪と最近思うようになりました。

形ある物は何時は壊れます。
でも、だからこそその時まで大切に使いたいと思える物で暮らしたいな♪と思っています。

今日は本当にありがとうございました!
8787☆彡
のほほん | 2010.07.08 23:55 | 編集
こんにちは。ともひろです。

使うものとして造られたモノは使わないと。。以前のにもココリンさん、そうおっしゃっていましたね。

その際、拍手コメントで同じことをコメさせていただきましたが・・・随筆家で白洲次郎氏の妻、白洲正子さんのようなお考えですね。 

彼女は骨董の一流のお品を普段使いにされていたそうで。。究極、そこが私の目標だったりもするんですが。。(きっぷのよさというか、そういうスピリットが)
実に合理的で、正しくて、かっこいい考え方だと思います。

私はぜんぜん、その域まで達し切れていません。 
・・・反省しなきゃ。。という思いで、拍手をポチりさせて頂きました。
ともひろ | 2010.07.09 04:06 | 編集
大変な体験をしたんだね、ココリンちゃん。
刹那主義的な考え方…少し寂しい考え方かと思いつつも、ある意味
ちゃんと前を向いて今を一生懸命生きていると言う事なんだなって
思ったよ。
何事においても「いつか」よりも「今」。
でも「今がよければ」ではない。
すべてが「今」のココリンちゃんの暮らしにちゃんと反映されているね。
そういう考え方、私も見習いたいな。

私は「安いから割れてもOK」とか言って安易に食器を買ってしまいがちだけど、
高くてもずっと欲しかった器もこれからは普段使いに取り入れていけたら、
また一歩自分の理想とする生活に近付けるかな?

今日もとっても良いお話をありがとう。

ぽち(^ ^)
mia | 2010.07.09 06:52 | 編集
阪神大震災に遭われたのですね。
本当に大変なご経験です。
ココリンさんの、ものを大切にする気持ちと、
無駄なものを無くそうとされるお気持ち、とてもよく理解できます。

ちなみに引き出物や贈り物、
日本では5枚や5個が多いですが、
欧米では6枚や8枚など・・・。必ず偶数なんですよー。
理由は食事会などは必ずご夫婦(カップル)でよばれるからです♪
(ちょこっと余談でした。)
Apfel | 2010.07.09 07:31 | 編集
今回の話、しみじみしちゃいました。

そういえば・・・結婚する時は一生モノというつもりで
沢山揃えていましたが、
子供が生まれると割ることも多くなり、
半端な数になった途端お気に入りの物ではなくなりました。

そして今は割られてもがっかりしない程度の値段、
すぐに買い足せる数しか持っていません。

自分の必要な数を知り、
お気に入りの物で暮らせるのであれば、
とっても贅沢なことですよね。
rionn | 2010.07.09 11:03 | 編集
おかえりなさい^^
旅のお話も聞きたいので、
後ほど遊びにいきます~。

はい、子供の時から地震なんて
ほとんど経験しなかったものでいきなりドカンでしたね(^^;

バカラのグラス!大好きならば、尚更、
使ってください~と言いたいですが、
色々な思いがおありでしょう。
しまいっぱなしではなく、時々は
手にとって見てあげてくださいね~^^
(^ー^* )
ありがとうです、夫ちゃんには更に腕を磨いてもらわねば( ̄  ̄)

ココリン | 2010.07.09 11:14 | 編集
あ。集中豪雨で崖崩れですか・・。
地震とは違う意味で、後始末も含め
それは大変だったと思います。
天災は、どうにもならないですね(ーー;)

せっかくお嬢さんが作ったお茶碗、コップも
使っているほうが絶対、お嬢さんにとっても
「見て、飾っている」だけより
絶対に心に残ると思いますよ~。(゚ー゚)(。_。)ウンウン
写真に撮るって良い方法ですよね♪
なら、思いきりよく手放しても
思い出は残りますものね。

わ~アリガトウゴザイマス!!
ココリン | 2010.07.09 11:20 | 編集
残ってます・・ね。
そして、人の裏表もよくわかりました。
でも亡くなった方を思えば命があるのだから、
悲観ではなく前向きにって思ってきました。

のほほんさんは、同居されていたのですか。
小姑サンたちも・・それは気を使われたことだと
思います。なら尚更、今ご自分のおうちになって
自分の好みで色々したいというの、わかります~。
器によって料理の印象が変わるっていうの、
私も実感しました。
だから、「あるものでいいや」っていうのが
変わってきて、自分なりのこだわりがでてきたのもそれかも。

いえ、こちらこそいつも学ばさせていただいています。
ありがとうございます。
そして★

ココリン | 2010.07.09 11:30 | 編集
はい、以前ともひろさんから
お言葉をいただいたのですが、このコメント欄に
書いてよいものかどうか迷っていました。スミマセン。
でもお言葉はありがたく頂戴しておりました。

いえ、白洲正子さんとは比べものにならないです。
小心者ですよ・・やはり壊れたら・・とか思いが
ちらつきます(^^;
でも、清水の舞台から飛び降りたつもりで買った器を
使って、なにごとも結構「丁寧に」していない自分が
「丁寧に暮らす」ということも学んだ気がします。
まだまだですが(笑)

またアメリカの暮らしをのぞきにいきますので、
宜しくお願いします^^

ココリン | 2010.07.09 11:38 | 編集
うん、それまで地震とは縁のない生活をしていたから、
よく「地震、雷、火事 オヤジ」って言葉あるけど、
「雷、火事」が怖くて「オヤジ、地震」が
同等なくらい怖さを知らなかったくらい(笑)

うん、「今」を大事に。だから喧嘩をしたままとか
送り出したりするのがどうしてもできないの。
まあ地震のことをずっと引きずるのはよくないけどね。

うん、絶対に普段に使ってなじませる方がイイと思う。
でなきゃいつまでたってもその器、miaちゃんちの
家族の一員でなく、お客様だよ~。
壊れるときは、寿命だと思えば・・。ね。


ココリン | 2010.07.09 11:46 | 編集
はい、地震から逃れたつもりが、
こっちに来てしょっちゅう小さい地震があって、
当初、すぐ地震だ~って騒いでました(笑)

あ、奇数ではないのですね。知らなかったです。
お祝いごとは奇数だと思っていました。
完全な日本的考えです・・(-ι- )

欧米と日本と考えが違うのですねえ。
欧米の考え方は生活スタイルと同じなんですね。
勉強になりました!!
(^o^)/
ココリン | 2010.07.09 11:53 | 編集
人生色々あります・・ね^^

一生モノって思っていても、
転機が訪れて、変化があると
一生モノではなくなり、色あせて
見えたりしますよね。

形あるもの、壊れるのは仕方がないけれど、

値段の高い安いに拘わらず、
自分が選んで好きなものを
使って暮らすことが、ほんとrionnさんのいう
贅沢なことだと私も思います。

ココリン | 2010.07.09 12:05 | 編集
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