10.08
Tue
久しぶりの更新となりました。
更新がない間もご訪問くださってありがとうございます。
コメントやメッセージをくださった方々、
そっと見てくださっている方々からの温かいお気持ちが、
たくさん伝わってきました。ありがとうございます。
胸がつまる思いです。
本当に感謝とともに、この場を借りて心よりお礼申し上げます。<(_ _)>

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実は、先月のお彼岸の時に帰省した時、眠っているかのような父に、
看護師さんが私達が来たことを声掛けした時、
「おうっ」っと手をあげました。もちろん、私を認識してのことではありませんが、
そういうことすらもうできないと思っていたので驚きました。
今回、父の臨終には立ち会えませんでしたが、
先々週に会えたこと、なにかしら知らせだったのかなと思います。

昔、祖母が亡くなった時、叔母が自分の子供がいるのを忘れるぐらい、
取り乱し泣き叫んでいたことがありました。その時の光景がものすごく
印象的で今も忘れられないくらい、記憶に残っています。
伯父が亡くなった時も、従姉妹はものすごく涙して悲しんでいました。
自分の親が亡くなった時、私はどうなんだろう・・と漠然と思いました。
私も大泣きするのだろうか・・と。

突然の死ではないので、覚悟をしていたせいなのか、
父の訃報を聞いた時、不思議と泣けませんでした。
それよりも、お彼岸の帰省の時、ちょっとした事故があって、
精神的にもまいっていた母を慮って、
ある程度覚悟はしていたものの、できるだけショックを与えないように、
兄と相談して私の口から直接、母に伝えることしました。
この前帰ったばかりなので、母もおかしいと思うけれど、
電話でではなく、会って私から伝えたかったのです。
そういうこともあり、今までの帰省と違って、
家に近づくにしたがって、重たい気持ちがのしかかってきました。
聞いた母も目は潤ませたものの、すぐさま準備にかからねばなりません。
ゆっくり思う間もなかったというのが正直なところでした。

最後のお別れの時、父の好きだった煙草をお棺に入れる時、
一筋の涙が流れました。
昔、病気のため煙草をやめさせる時に、何度も父と衝突し、
隠れて煙草を飲む父をみつけては、煙草を取り上げなければならなかったので、
そのことが、昨日のことのように思い出されて
「ごめんね」としか言えませんでした。
本当は好きなものをとりあげるということは、どれだけ辛いか。
父のため・・と言いながら、本当にそうだったんだろうか・・と思うことも
度々ありました。もちろん煙草をやめさせたことで、
少なからずとも本人の負担が大きくならなかったこともあります。
でも、寿命がもっと早くに縮まっても、好きなようにさせていたほうが
良かったのではないだろうかと、、時々思うこともあります。

父が亡くなって、どこかぽっかり穴があいたような、
淋しいような切ない思いがじわっと込み上がってきますが、
乱れることなく冷静にいられることが不思議な気がします。
しっかりしなきゃ・・と気負っていたわけでもないし、
父が亡くなって悲しくないわけでもありません。
すごく冷たい言い方になりますが、悲しみにくれても父は戻らないし、
今の状況を受け止めて、父を偲びながらも立ち止まることなく、
今、生きているもの(人)が大事だから、
前に進んでいくしかないと思っています。



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