11.22
Sat
親の家の片付けをすることを「オヤカタ」ということを
知ったのはつい最近のこと。
テレビでも実家の片付け特集をしていたり、
親の家の片付けで悩んだり、行き詰まったり、
衝突することも多いらしい。
そういう私の実家もリフォームするという名目がなければ、
埒が明かなかったと思います。
母のモノに対する考えがだいぶ柔軟になったとはいえ、
平行線のまんま・・ってこともありえたと思います。
実際、母は昔、祖母の家を片づけながら、
「新品のまんま使わないで置いたままにして・・(もったいない)」
「きれいなものはいくつもあるのに使ってないし・・」
「いくら新しいモノといっても年月がたって褪せてくるし・・」
などと言い、おまけに母は、
自分なら「置いておかないで使うわ」などと言っていました。
その母でさえ、祖母と同じことをしていたわけで・・。

母が一人では到底使い切れぬ数があるのだから、
私は母に「仕舞ったまんまにしないでシーツでも
布団でもタオルも新品を使って」
「置いていても誰も使わんよ」と言っていました。
それでも片付けをした時には、箱にはいったままのものが
でてきて「これ使う?」と尋ねました。
いやいやいや、気持ちはありがたいが、
我が家では使わないよ・・(;´д`)トホホ・・・
こんな会話が繰り返し。

親の家の片付けにはそれぞれ事情が違ってくるので、
コレというものがないと思います。
家ごと処分するのかにもよるでしょうし、
一人暮らしの親、親が亡くなったから処分するとか、
親だけでは到底片付けられそうにないから、
今のうちに少しずつお手伝いしながら片づけるだとか、
様々だと思います。

よく耳にするのは、
「いつか使うから置いておいて」
「置いていても(持っていても)困らない」
「まだ使えるのに、(捨てるのは)もったいない」
「買った時は高かったのに、二束三文の値段では売りたくない」
「誰かにあげるから」

うちの母も言ってましたねー。
「物置や天袋に置いておいたら邪魔にならない」って(笑)
いやいやいや、もうすでに物置は満杯だったにも
かかわらず、山積みにしていったい何があったかさえ
わからんかったでしょ~。

モノとして機能し使えるから捨てるのは惜しい、
もったいないということは確かにそうなんだけど、
「使える」から使うのか?といえば、ほぼ使わない。
是非とも使いたいモノでもないけれど、
処分するのはいささかもったいない・・となるのでしょう。
使えるということと、使うことは違うのだけど、
壊れていない、破れていないものは使えるものとし、
片意地なくらい手放すことに抵抗感を持つのだと思います。

親の家を片付けしていて、
親が捨てるのを渋り、今までしてきたことはなんだったんだろう、と、
心が折れそうになったり、徒労に終わったりしてがっくりきたり。
自己満足だけで、親の家を片付けているのではないだろうか、と
悩んだり。自分の家と違うからどこまで踏み込んでいいのかとか。
それでも溢れかえったモノで危険だったりすることもあるわけで。

親はモノを処分しようという子供の思いを疎ましく思ったり、
逆に子は、なんでこっちの気持ちをわかってくれないの?と
親への苛立ちが募ったりして葛藤がでてくる。

親の片付け・・と一言では片付けられない魔物かもしれない。


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