03.19
Sat
色々な立場の人があって色々な考え方があるので、
同じような経験をしたからといっても、受け止め方が違ったりしますので、
あくまでも一個人の思いとして、読んでいただけたらいいなと思います。
なので、不快に思われる方は、どうかスルーしていただきたいと思います。

こういった災害が起きて、取材する方々も危険を伴うこともあろうかと思います。
余震が続くなかで取材をするわけですから、大変なことと思います。
そして報道のお陰で、被災状況がわかり、また被災者の様子もわかったりして、
「今、何が起きているか」が遠く離れたところでも、見て感じて、
「自分に何ができるか?」って思う人がたくさんいて、募金なり支援なりに
繋がっていくのだと思います。マスコミの力の大きさも感じるところです。

ただ時々本当にマイクを向けながらコメントを求める姿に、
無神経さを感じる時があります。
家族を失ったり、家をうしなったり、家族の生き死にもまだわからないときに、
もちろん、「伝える」ということが仕事だから仕方のないことかもしれませんが、
「悲痛な声で叫んでいます」って・・・。
そりゃね、自分がその立場になったら、大声で泣き叫びます。
神戸の地震の時もそうだったんですよね・・・。
家屋の下敷きになって生き埋めになっている(かもしれない)
火災で中にまだ家族がいたけれど泣く泣く助け出されなかった・・。
そうしたなかで、「お気持ちは?」って・・・・・それってどうよって思いましたよ。
本当に悲しい思いをしたときには、言葉なんてでないんです。
それに対してマイクを向けられて、何を言えばいいのでしょうか。
放心状態です。それが普通だと思います。
もちろん、そうした人の思いをコトバとして伝えなければならない取材する側の人の
大変さもわからなくはありません。
地震で被災地を取材をしている女性アナウンサーが、
どこに行くの?っていうような完璧な化粧で、「ここも、あそこも大変なことになっています!」と
言っているのを聞くと、すごく違和感を感じました。
もちろんテレビで映し出されるわけですから身なりも化粧もきちんとすべきとして、
でておられるのでしょうが、これは感じ方の違いもあるのですが、
なんにも失った者にとって、そうした身なりでさえも時として、
不快感を覚えることだってあるのです。

取材する側、される側、また第三者がそれらを見る側と色々な立場があるので、
何が正しいということはないのかもしれません。
けれど、少なくとも取材する側の無神経さで取材される側が傷つくこともあるのです。

今回の地震の被害は本当に広範囲で大きくて、まだまだ避難所での生活が続いたり、
これからの方がもっともっと色々な問題もでてくると思います。
そして避難所では、被災者がただ待つだけの状態から、
自らが動き出してくる兆しがでてきているようです。
そういった活気づく様子を伝えてくれるのも、取材する人がいるからだと思います。

神戸で震災を経験して、今回の地震では揺れたものの家を失うこともなく、
ただただ余震で怯えうろたえている私が、かつて感じたこと、今感じたことを書きました。
昨日に続き、私が感ずるままの気持ちです。
十分気をつけて書いているつもりですが、なにぶん素人の文章です。
読んで不愉快に思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、
どうか寛大なお気持ちで、流していただけるようにと思っております。

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