03.17
Thu
昨日、気仙沼に住んでいる友から、
「凄かった、なんとか生きてるよ のメールが届きました。

「よかった・・・本当に良かった」安堵すると同時に涙がでてきました。
それまではテレビに映る避難所の様子を見ると、
映っているんじゃないかと思って見たり・・・。
家族と連絡をとりたいだろうと思って、こちらから何度も連絡をとることを
控えていました。震災直後の電話の不通もあり、メールで安否確認するも、
返事がなかったのと日をおいてから連絡をするも、なしのつぶてだったので、
もしや・・・という思いと今はそれどころじゃないんだという思いが交差して、
連絡がくるのをじっと待っていました。
昨日の連絡で、ほっとした私です。
たった1行のメールですが、どんな状況だったか集約されている気がしました。

ですが、まだまだ安否状況がわからない人が多いなか、
素直に喜べないといった感情も少なからずあります。

流され見る影もない家屋に雪が積もっているのを見ると、
避難所での冷たい床がどれほど底冷えすることか・・・。
少なからず昔の記憶がよみがえってきます・・・・。

昨日のニュースで、
「私らみたいな年寄りが生き残って若い人が亡くなり、助かったから嬉しいということもない」と
80歳のおばあちゃんが涙を流していました。
津波が来て逃げた場所で水が迫ってきて、その後救助されて避難所に来たけれど、
濡れたままの時に着ていた服で、支給された靴下は女性用の靴下だけだったので、
自分は着替えられたけれど、旦那さんは素足のままだという。

おそらくこんな方が大勢いらっしゃることと思います。
また救援物資は送られてきても荷物を下ろして、
そこから避難所に運ぶ車が調達できないから、物資を下ろすこともできないという。
地震から5日経ちながらまだまだ行き渡らない物資。
ガソリンや灯油などが足らない、暖も思うようにとれず、
3月とはいえ雪が降るなかどれだけ寒く不安な夜を過ごすことか。

また東京と目の鼻の先の千葉の浦安の埋め立て地の街では、
液状化現象が起こり断水状態が続いているという。
これは阪神大震災の時も神戸の埋め立て地の街が同じように液状化になり、
目の前の橋を越えた市街地と離れ小島のように孤立したことがありました。
埋め立て地のもろさというのでしょうか、大変不便な状況になってしまいます。

昨日まで普通に暮らしていたことが、地震を境に全く違う暮らしになってしまったのです。
被災経験でありながら、喉元過ぎれば熱さ忘れるで、
私も遠い記憶のようになっていて、地震大国ニッポンを忘れかけていました。
いつどこで起きてもおかしくない地震。
心せねばならないとあらためて思います。

被災した方の為にできること、募金や支援をすること・・色々考えます。
「何かをしたい」と思う気持ちから、安易に行動をおこしたくなるのも
わかります。もしボランティアを考えているならば、
自己完結できないなら、行かない方がいいのです!
今、被災者が必要とされている事と、自分がやろうとしている事、
それが善意であっても、違う場合もあるのです!


重ねて申し上げます!
被災地以外でのガソリンを買うための行列、モノの買いだめの様子を見聞きすると、
車に乗るのを控えることはできませんか!?
そんなに食べ物が必要ですか!?
ただ、不安にかられているだけでモノの買いだめをしていませんか!?

『普段どうりの暮らし』 をすることも、
できることのひとつなのではないかなと思います。


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ブログの更新も色々迷いながらも、ほんのちっぽけですが、
被災経験のある私が、なにか伝えることができればと思い更新していますが、
余震があったり、計画停電もあるので、どうしてもゆっくり画面に向かえません。
動悸がでると落ち着きがなくなるので、お返事もできなくなると思い、
コメント欄を閉じさせていただいております。


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